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日外アソシエーツの出版物で、雑誌や新聞に掲載された書評や、著編者による自著紹介を記したブログです。

   
大きく開く窓(白鳥詠士)


20431.jpg 「鉄道・航空機事故全史
 災害情報センター・日外アソシエーツ共編 2007年5月刊
 A5・510頁 定価8,400円(本体8,000円) ISBN978-4-8169-2043-1

 案内サイト:
 http://www.nichigai.co.jp/sales/accident.html


 国鉄は昭和30年代に入ると鋼鉄製の線区ごとに車体色を塗り分けた近代的な車両を導入しました。101系と呼ばれる車両で現在の通勤車両の原型ともいえるものです。
 山手線はうぐいす色、中央線はオレンジ色となったのもこの車両からです。
 (デビュー当時の山手線はカナリア色でした)

 昭和40年代の子供の頃、夏に山手線に乗ると窓を全開にしたのが懐かしいです。2枚のサッシになっていて上段も下段も全て上部戸袋に入ってしまい文字通り窓が全開にできたのです。
 同時期に開発された近郊型の111系、急行型の165系なども同様に全開できました。まだ、冷房装置が珍しかった時代、こんな風通しがいいのは良かったといえば良かったのですけど、大人でもすんなり飛び出せそうな開口は、ちょっと危険でもありました。
 どうしてこんなに大きく開口する窓が必要だったのでしょうか。

 当時に読んだ鉄道雑誌に答えがありました。『桜木町事件』です。
 1951年4月24日に起きました。ことの経緯は本書に譲るとして、戦後に製造された通勤電車が架線のスパークで引火し高架上で立ち往生して全焼し100名以上が死亡(ほとんどが焼死)という悲惨な事故でした。事故後同形式の車両は難燃性の部品で改装されました。
 そして、当時主流だった3段の窓が廃止されたのでした。2段目は固定されていたため開口部が30cm以下で乗客は窓から避難できなかったそうです。
 子供の頃に不思議に思った大きく開く窓には、こんないきさつ(大きな犠牲)があったのでした。後に鉄道で焼死するという事件は起きなかったのですが、1972年北陸トンネル事故は焼死ではなく一酸化炭素中毒による犠牲者が出てしまいました。

 現在では隣車両への貫通扉の完備、各扉の非常コック完備、エアコンの完備などの理由で新型車の窓ははめ殺しになってしまいました。安全性向上と時代の流れで仕方がないとは思いますが5月の暖かい日にエアコンが動いていない満員電車に乗ったり、先日の『架線事故による停電で数時間も車内に缶詰』の記事を読むと、これでいいのかと思います。

 本書は事故の経緯、事故の影響と対策、犠牲者や資料に至るまで、克明に書かれています。私にも多少の鉄道事故の知識はありましたが、詳しい経緯を知らなかったことも多かったです。本書を読むことで知識の整理ができるとともに、歴史的な背景や前後の事故の時系列まで把握することができました。
 航空ファンや鉄道ファンにとってはどのような経緯で現在の様々な機能や安全対策が構築されてきたのか系統的に知るには欠かせない教科書となることでしょう。

白鳥詠士

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